ゆりやんレトリィバァ、ロサンゼルスへ移住後の生活とは?【アナザースカイ】

芸人

ロサンゼルスを拠点に活動するゆりやんレトリィバァさん。
お笑いのみならず、映画監督としても才能を発揮しています。
日本の芸人が英語で笑いを生み、異文化の中で自分らしさを貫くというのは、簡単なことではありません。
ゆりやんさんは原動力とは?
海外挑戦の背景とは?
ロサンゼルスでの生活、アメリカのコメディ文化、そして彼女が選んだ挑戦の背景を整理してみます。

ゆりやんレトリィバァはなぜロサンゼルスへ?

ゆりやんさんは、幼少期からアメリカに強い憧れを持つようになり、
「アメリカに住みたい」
「アメリカで働きたい」
という思いが漠然とありました。
同時に小学生の頃から吉本新喜劇や“人を笑わせる”ことが好きだったことからもう一つの夢だったお笑いの世界へ。
ですが、芸人になったからといってアメリカ行きを諦めることはないことに気づきます。
また、小学3年の時に、全くできなかった鉄棒の前回りが、とにかく毎日練習することでできるようになったことで、
「練習すればできるようになるんだ」
と思うようになったのです。
ゆりやんの中にはこの成功体験が“自分を信じる力”となり、それが今に活きているのでしょう。
「アメリカでお笑い芸人として売れたい」
「ハリウッドスターになりたい」
という夢はただの絵空事ではなく、“現実にできる”という自分を信じての挑戦と言えるでしょう。

ゆりやんの英語力はどう身についた?

ゆりやんが中学生の時、2歳上のお姉さんが洋楽を聴き始めた影響で、ゆりやんもブリトニー・スピアーズなどの洋楽を聴くようになり、『バック・トゥ・ザ・ヒューチャー』や『アダムス・ファミリー』などの80年代~90年代の映画も好んで観るようになりました。
セリフなど役になり切って真似をして、それを家族にも披露。
これはおそらく、英語学習のひとつとしてもとても効果的と思われます。
ゆりやんの“伝わる英語”の土台はここから培われたのでしょうね。

アメリカズ・ゴット・タレント(America’s got Talent)への挑戦

ゆりやんは、渡米へのイメージを膨らませつつ、その第一歩として2019年にアメリカのオーディション番組『America’s got Talent』へ出演します。
結果は不合格でしたが、堂々とした態度や英語で審査員や観客を笑わすセンスで魅了していました。
が、仕事の依頼は1件も来ず。
厳しい世界ですね。
ロサンゼルスへ移住後、2025年に2度目の挑戦をします。
不合格ではありましたが、存在を更にアピールできたのではないでしょうか。
不合格にしても手ごたえは掴んだように思います。
要は、何度不合格になっても挑戦し続けることが大切ですね。

ロサンゼルスでの生活

ロサンゼルスに拠点を移したものの、仕事に関しては順風満帆とは言えないようで、スタンドアップコメディの劇場で5ドル払ってネタを披露しているそう。
ですが、ゆりやんの持ち前の明るさと「練習すればできるようになる」というポジティブさで、どんどん力を積み重ねていっている途中でしょう。

ゆりやん監督の映画『禍禍女(まがまがおんな)』公開

ゆりやんレトリィバァさんは、映画『禍禍女』で監督デビューを果たしました。
2021年のR-1グランプリで優勝後、次の挑戦は?との問いに「映画監督をやってみたい」と発言していたことで、プロデューサーの高橋大典氏から声がかかり、実現しました。
よく“やりたいことは口にすると良い”という話は聞きますが、まさにゆりやんは、それを体現していますね。
アメリカの映画文化にも触れてきた経験なども、作品づくりに影響しているのではないでしょうか。
アメリカでは、コメディアンが映画監督や脚本家として活躍することは珍しくありません。
ゆりやんさんも“表現者”として、世界で活躍する日がいつかくるのではないでしょうか。

まとめ

ロサンゼルスという異文化の中で、自分の表現を磨き続けるゆりやんレトリィバァさん。
言葉の壁や文化の違いを前にしても、彼女は「笑い」という普遍的なコミュニケーションを武器に、“コメディ”のみならず“映画監督”までもやってしまう挑戦を続けています。
“自分の可能性を信じて一歩踏み出す”
“結果がどうであれ挑戦し続ける”
そういう彼女の姿は、多くの人々を惹きつけているように思います。
ロサンゼルスで続くゆりやんさんの挑戦は、これからも多くの人に勇気と笑顔を届けてくれそうです。

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